ニュージョージア島への輸送作戦
クラ湾海戦
Battle of Kula Gulf


 
     【日本軍】
     支援隊(秋山輝男少将)
    第3水雷戦隊 駆逐艦 新月
           第24駆逐隊 涼風
           駆逐艦 谷風
 
     第1次輸送隊
      第30駆逐隊 望月 三日月
         駆逐艦 浜風
 
     第2次輸送隊
      第11駆逐隊 天霧 初雪
      第22駆逐隊 長月 皐月
 
 
 
 
 
 
 
     【米軍】
     巡洋艦部隊(ウォルデン・L・アインスワース少将)
      軽巡 ホノルル  ヘレナ セントルイス
      駆逐艦 ニコラス ジェンキンス オバノン ラドフォード
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    1943年6月30日、米軍は南太平洋ソロモン諸島中部のニュージョージア島の対岸にあ
   るレンドバ島に上陸しこれを制圧した。レンドバ島が制圧されると対岸にあるムンダ飛行場が
   危険にさらされるため日本軍は米上陸部隊への航空攻撃を実施した。日本軍はこの方面で初め
   て陸軍機を投入したが、損害の方が大きくこれといった戦果も挙げられなかった。
    そうこうしているうちに米軍はレンドバ島の制圧を完了し、ムンダへの砲撃を開始した。そ
   して、7月4日から6日にかけてムンダ周辺に上陸したのである。
 
 
    日本軍はムンダの守りを強化するため増援部隊の派遣を決意し、7月5日に第3水雷戦隊に
   ムンダの裏側にあるクラ湾への増援部隊輸送を命じた。
    司令官の秋山輝男少将はレーダーを装備した駆逐艦新月を旗艦にして部隊を支援隊・第1次
   輸送隊・第2次輸送隊に3分割してニュージョージア島を目指した。一方、米軍も日本軍が増
   援を派遣することぐらいわかっていたのでアインスワース少将の軽巡部隊に待ち伏せさせてい
   た。米軍艦隊は新型レーダーを装備していた。
    だが、敵を先に発見したのは日本軍の方だった。日本軍部隊は島影に隠れていたので発見が
   遅れたのだ。午後6時頃、敵を発見した秋山少将は輸送部隊を揚陸に向かわせ、支援隊のみで
   敵艦隊の動きを警戒した。
    その日本軍に遅れること30分、ようやく米軍も敵を発見し攻撃を開始した。米軍の砲撃は
   新月に集中し秋山少将が戦死した。しかし、日本軍も涼風と谷風が反撃し雷撃で軽巡ヘレナを
   撃沈した。
    海戦は10分ほどで終了したが、揚陸作業は駆逐艦長月が座礁して翌朝に米軍機に撃沈され
   た以外は特になにもなく無事に1600名の将兵と90トンの物資の揚陸に成功した。この増
   援の成功によりムンダの守りは強化され米軍は予想以上の苦戦を強いられることとなった。
 
 
 
 
    日本軍は駆逐艦3隻という劣勢にも関わらず、駆逐艦1隻の犠牲のみで敵の軽巡1隻を撃沈
   する戦果を挙げた。これに戦闘には直接関係ないが揚陸作業の途中で座礁した長月の喪失を加
   えても日本軍の勝利は疑いなかった。しかも、作戦自体も成功しているのだからほぼ完勝とい
   ってもいいだろう。
    だが、相次ぐ消耗は大量生産にはむいていない日本の駆逐艦にとってかなり厳しい状況とな
   っていた。1943年中に日本が失った駆逐艦は全戦域を含め32隻で前年度の18隻を大幅
   に上回っている。それに対し、新造艦はわずか12隻と喪失の40%以下であった。すでに戦
   争は日本の国力ではどうしようもない状況となっていたのである。
 
 
 
 
 
 
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